普通に立っているだけじゃ、地球が回っていることなんか気付かない

 だから同じように、世界がどう動いているか、気付くことができないんだ



 歯車は、僕らの知らない所で動き出す

 気付いた時は、きっと、もう遅い





 14.The occurrence of somewhere.





 黒いリムジンが、マグルの街を走る。

 通り過ぎる家々に道をあけてもらい、本来ならば通れる筈の無い細い道を、車は飛ぶように走っていく。

 金髪の青年は、運転する手を休めずに金の懐中時計を見た。

「旦那様、なんとか間に合いそうですよ」

「おおそうか、一時は本当に無理だと思ったけどな。良かった良かった」

「良かった、じゃないよパパ! ぎりぎりでしょ、もっと早くに着かないといけないんじゃないの?」

 少女が横から厳しい発言をする。

 茶髪の紳士は豪快に笑い、娘の頭を撫でた。

 青年も運転をしながら優しく微笑んだ。



 ブラック家で行われるクリスマスパーティーに出席するため、はウィリアムと、そしてジョンと一緒にロンドンに来ていた。

「ところでパパ、どうして突然パーティーに行く気になったの?」

 が隣に座るウィリアムに尋ねた。

 家が、自宅開催でないパーティーに出席するのは、の母シャロンが亡くなって以来初めてのことだ。

「今までは出る気がないって、言ってたのに・・・」

 ウィリアムは愛娘に優しい視線を向けた。

「そうだな・・・も大きくなったし、それに」

 一度言葉を切るとから視線を外し、ウィリアムは曇った窓の外を見た。

 昨晩から今朝方までに降った雪の上に、先ほどからまた新しい雪が降り積もる。

「・・・少し、気になることがあるからな」



「気になること?」

 ウィリアムの言葉には興味津々だったが、ちょうどその時車が停車したので話が途切れてしまった。

 ジョンが車のドアを開け、外に出た。

 そして外に居たタキシード姿の男性と二言三言、言葉を交わしてから、後部座席のドアを開けた。

「グリモールドプレイス十二番地、到着しました」

「ありがとう」

 ウィリアムはの問いかけが聞こえなかったかのように、ジョンに礼を言って外に出た。

 は些か腑に落ちない表情でジョンの手を取り、雪の上に足を下ろした。

 冷たい外気が頬を突き刺すように過ぎていく。

 石段の先の、蛇の形のドアノッカーを見て、は目を細めた。



 気付くと父と執事は先に石段を登っていて。

 は急いで後を追いかけた。







「あの茶髪・・・」

「金の懐中時計・・・?」

「まさか」

「・・・・・・?」







 巨大なホールは既に人でいっぱいだった。

 集まった貴族達は、ウィリアムの姿を見ると、驚いて道をあける。

 昔からの知り合い達は、もっと驚いて近寄ってくる。

 ウィリアムの後ろを、ウィリアムの服を掴んでいたが、そしてジョンが追いかける。

 そんな人々と挨拶や言葉を交わしながら、三人は飲み物を持って一箇所に留まった。

「そういえば、シリウスもグリフィンドールなんだろう? 仲良くやってるか?」

 そう言われ、はいきなり話しかけられたことに驚き、飲み物を噴き出しかけた。

「う、うん、もちろん! パパ、家に帰ったらお友達の話、聞いてくれる? 今日は暇なんでしょう?」

 ウィリアムは、少しの間考えるような仕草をした。そしてニッと笑った。

「お前が起きて居られたらな」

「にょっ!?」

 はその言葉に、かっと頬を赤く染め上げる。

「そんなお子様じゃないもん! 起きれるもん!」

 はっはっは、とウィリアムが笑う。ジョンも隣で身をかがめて震えていた。

 恨めしげにジョンを見ると、彼は目尻に浮かんだ涙を拭き、すみませんと謝った。



 その時、わっと歓声があがり、一箇所に人が集まった。

 ブラック家の当主が、誰かを連れて出てきたようだ。

 ウィリアムは目を細めてその光景を見る。

 ほんの少数、そこに群がっていない人々を見つけ、彼はゴブレットを近くのテーブルに置いた。

「ジョン」

「畏まりました」

 訳が分からず、はジョンを見上げた。

 ジョンの微笑みを見ている間に、ウィリアムは行ってしまった。



「ジョン、なんでパパはパーティーとか、出る気になったのかな?」

 がふと尋ねると、ジョンは微笑みを苦笑いに変える。

「もう少し前に聞いて頂ければ、もっと簡単にお答えできたのですけれど・・・

お屋敷に帰ったら、必ず話しますね。ここではいけません。人が多すぎる」

 いつになく真剣な表情をしたジョンを見て、は口を噤んだ。

 彼が「いけない」と言うときは、真剣に怒っているか、本当に深刻な問題かという時だけである。

 は怒られるようなことをした覚えがないので、この場合は後者なのだろう。

―――何か変な事件でも起きたのかな・・・?―――

 ぼんやりとそんなことを考えていると、ジョンが申し訳なさそうに言った。

「あっ! お嬢さま。ほんの少し、一人で待っていていただけますか?」

「どうかしたの?」

「いえ、旦那様が受付で名前を書いていらっしゃらなかったので・・・」

 はああ、と手を打った。

「あーそうだったね。ここで待ってればいい?」

「ええ。もしなにかあったら―――なにかあった場合だけですよ?―――魔法を使ってもいいですから」

 そういい残して、ジョンは人の波をすり抜けていく。

 は、ゴブレットを口に運んだ。

 空のゴブレットをテーブルに置き、そして小さく欠伸をする。

 突然、肩に手を置かれた。







 はっとして振り返る。

 見たことのない、厳めしい風貌の男が三人、を囲んで立っている。





「その容姿・・・・・・薔薇水晶の守護者か?」





―――どうして―――

 は、値踏みするように相手を見た。

 名誉にかけて。普段ならこんな失礼なこと、絶対にしない。

「自分から名乗るのが礼儀でしょ。それとも、身元がばれたら困るの?」

 尋ねた男はそれに答えず、の腕を強く掴んだ。



 背筋が凍った。



「やっ・・・放してよ!」

「おい、あの方に連絡をとれ」

 やはり大人の男は力も強く、とても敵いそうにない。

 抵抗して暴れれば暴れるほど、腕を掴む力は強くなり、だんだんと手の先を痺れさすほどだった。

 は固く目を瞑った。

「(パパ! ジョン! 助けて、シリウス・・・!)」



「おい」



 聞きなれた、しかし、それよりは僅かに高い声がした。

「ブ、ブラック家の・・・!」

 男たちが明らかにたじろぐ。

 声は、まるで屋敷しもべ妖精に命令をするかのように、淀みなく、有無を言わせぬ調子で言った。

「彼女を放せ、我が家の大切な客人だ。それも分からないような奴は、この場に居る価値が無い。帰れ」

 二、三歩後ずさり、それから男たちはの腕を放した。

 自由になった瞬間、はその場にぺたりと座り込んでしまった。

 男たちは、後ろめたそうにローブを翻し、去っていった。



 の目の前に、手が差し伸べられる。

 はっとして、彼女は顔を上げた。

「ったく・・・気をつけなきゃ駄目だろ、

 溜め息交じりの声。漆黒の髪。灰色の目。けれどまだ幼い面影。

「レギュラス・・・ん、ありがと」

 助けてくれたのはブラック家の次男、つまりシリウスの弟であるレギュラス・ブラックだった。

 を立たせると、呆れた風に彼は肩を竦めた。

「何だってこんな所に一人で居るんですか? いつもの執事はどこに?」

「に? ジョンのこと? 今ね、パパがし忘れた受付、代わりに行ってるの」

「何考えてるんだか。、こんな場所に来て一人で居たら駄目ですよ。特に君は」

「・・・ほへ?」

 レギュラスの意味深な言葉に首を傾げると、向こうの方から声がした。

「あっ、叔父さん! あそこだ!」

 声の方を向く二人。

 レギュラスとそっくりな、それにしては背の高い少年が、身なりの良い男性の腕を引っ張って走ってくる。

「シリウス!」

「兄様!」

 とレギュラスの声が重なる。シリウスは走りながら手を振った。

 手を引かれ、少し遅れてやってきた男性は、曲がった蝶ネクタイを直した。

、大丈夫か!? あいつらは!?」

「んー、レギュラスが助けてくれたー」

 呑気なの傍らで、レギュラスが眉間に皺を寄せて兄を睨んだ。

「僕らが行ったほうが早いって、言ったはずですけど?」

 レギュラスはそう言い、シリウスの隣に居た男性を見上げた。

「叔父様、このことは母様と父様に・・・」

「ああ、分かった、黙っていればいいんだな?」

 ブラック兄弟の叔父、アルファードは一つ頷き、言った。それからを見る。

 微笑みを浮かべて、彼は首を傾げた。

「君が家のお嬢さんだね? お父上と付き人は何処に?」

「父は誰かと話しています。執事のジョンは、受付に行きました。ちょっと用があったので」

「そうか。怖かっただろう、もう大丈夫だ。安心しなさい」

 アルファードの微笑みは、暖かい。

 このパーティー会場内の大人が浮かべている笑みの中で、最も暖かみと人間味溢れる笑みだ。

 はふっと力を抜いて笑った。

 頭に手が乗る。

「ったく・・・気をつけなきゃ駄目だろ、

 溜め息交じりの声。漆黒の髪。灰色の目。それは先程とは違う。

 はえへへ、と笑った。



「お嬢さま!!」

「うにっ? ジョン!」



 血相を変えて、ジョンがやってきた。

 アルファードが厳しい顔をする。

「君がジョンか?」

「ええ。失礼ですが・・・?」

「ブラック家のアルファードだ。少し話が・・・

シリウス、彼女と一緒にそこで待ってろ。ほら、そう言われたら杖くらい準備しとけ」

 そう言い残し、アルファードはジョンを連れて、一つ先のテーブルまで行った。

 は不安そうにそれを見つめる。

「ジョン、怒られるの?」

 シリウスはさあな、と欠伸をした。レギュラスが横目で見る。

「兄様、欠伸は手で隠して」

「お前もほんっと、頭固いよな。禿げるぜ」

「大きなお世話です、この単細胞。

僕は母様のところに戻りますよ。何も言わずに来てしまったので」



―――それに、貴方と違って、僕は頼りになんかされていないんだから―――





 フンとそっぽを向いて、レギュラスは行ってしまった。

「なんだアイツ、何に拗ねてんだ?」

 心当たりは無いかと顔を向けられ、は少し考えた。

 そしてふふっと笑みを零す。

「何だよ」

「ん? あのね、さっきシリウス、レギュラスと一字一句同じ言葉であたしに注意したの。

だから、かな? 恥ずかしかったんじゃなーい?」



 貴方に劣等感を感じてる彼だからこそ、余計に



 小さく悲しげな笑みを浮かべ、は思った。







「申し訳ありませんでした」

 人気の無い薄暗い廊下で、ジョンが深く頭を下げた。

「やだ、あたしは大丈夫だってばジョン! ね、顔上げて」

「けれど・・・・・・」

 悔しそうな顔のジョン。は何とか話を逸らそうと、慌てて言葉を繋げた。

「そんなことより、パパがパーティーに出てる理由を教えてよ。いいでしょ? ここ、誰も居ないよ?」

 僅かに躊躇うそぶりを見せた後、ジョンは口を開いた。

「二ヶ月ほど前のことなのですが・・・使用人の一人がご近所との会話の中で、奇妙な噂を耳にしまして・・・」

「うわさ?」

 ジョンが頷く。
 
「ええ。なんでも、純血主義の勢力が急に勢いを増し始めたとか。そちら側に心変わりする人も増えたようです。

それに・・・お嬢さま、ホグワーツに行ってから『日刊予言者新聞』をお読みになりましたか?」
 
「んーん、読んでない。とってないし、友達も読んでないもん」

 彼は溜め息を一つつくと、周囲を気にするように声を落とした。

「ですよね。

その噂を耳にして数日後のことです。『予言者』の一面に、屋敷襲撃の記事が出て・・・・・・

ロゼリアのお屋敷が、崩壊した、と」



 が固まる。

 恐る恐る、声を出して尋ねた。

「ロゼリアって・・・ママのお家・・・でしょ? ほかにロゼリアが無ければ」

「勿論です。

他にロゼリアなんて家はありませんし、例えあったとしてもあの規模の薔薇園は無いでしょう。

まあとにかく、死傷者はいませんでした。

ロゼリアの血を引くのはお嬢さまが現存する唯一の人物ですから、あの屋敷は長いこと無人でしたしね。

問題は・・・・・・」

 ジョンは一度辺りを見回した。





「何故ロゼリアの屋敷が、無人にもかかわらず狙われたのか。

旦那様が、確認の為魔法省に呼ばれましたが、屋敷からは何も盗まれていなかったそうです。

最近の世間話といえば、この話題が専ら会話を独占していますよ。何せ気味が悪いので。

お嬢さまも、どうかお気をつけて。犯人が分からない以上、必ずしも、学校が安全だとは限りませんから」





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